ELECTRIC LOCOMOTIVE EF58  Vol.22
EF58 173〜175

Last Update 2004.3.28

Index EF58173 EF58174 EF58175

 第13次増備車(173〜175号機)

東北・上越用として昭和33年7月から8月にかけて落成した、EF58の最終製造グループ。これにて12年あまりに及ぶEF58の製造は終了、新時代の60系列電機に後を譲ることになりました。

形態的には173・174号機が前面窓と側面中央窓がHゴム支持で登場したにも関わらず、175号機は従来のパテ式の窓で登場しています。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF58 173〔高崎第二〕
EF58173 赤羽付近を行く173号機牽引の「鳥海」。
どうもうちのスキャナだとアンダー目のポジのスキャンがうまくいかず、暗部が潰れてしまいます。(;_;)実質的には同機がEF58の最終落成機となりました。

※新製Hゴム窓機 上越型 電暖 ヘッドマーク取付座無し
804レ「鳥海」  赤羽付近 1981.4
製造年月日:S33.8.29
製造:東京芝浦電気
廃車:S57.11.22〔高崎第二〕
murakichi-EF58173 Murakichiさん撮影の173号機のサイドビュー。数ある国鉄電機の中でもゴハチのサイドビューの美しさは格別ですね。優雅な車体と無骨な足周りの絶妙のハーモニー。
撮影:Murakichiさん  荷33レ? 東大宮―蓮田 1982.5.30
EF5852-EF58173 「荷物列車を牽引する上越形の173号機です。側面、中央の機械室窓が白Hゴム支持となっています。つらら切りが下向きであることが確認できます。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  赤羽―田端(操) 1982.11.13
H-yamaguchi-ef58173
「EF58173+EF58重連牽引の鳥海です。当時広角レンズを持ってなくてたまたまそばに居た方に35oレンズを借りてやっと2両とも入りました。」(山口裕志さん)
次位は無動かと思いきや、何ときちんと両パン上がってますね。電暖供給の関係でしょうか…。
撮影:山口裕志さん   「鳥海」  上野 1980.12.29
 EF58 174〔高崎第二〕
19801231-ef58174 急行「鳥海」を牽く174号機。最初から各部の窓がHゴム支持となっています。電暖表示灯は電球内側交換式の新型です。

※新製Hゴム窓機 上越型 電暖 ヘッドマーク取付座無し
801レ「鳥海」  大宮 1982.12.31
製造年月日:S33.7.25
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S57.12.23〔高崎第二〕
EF58174
「鳥海」回送。なぜか、174号機とは相性が良く?何度も出会いましたが、ラストナンバー175号機には会えずじまいでした。
鶯谷 1980.9
ohno-ef58174
高崎線普通客レ2321レを牽く。田圃以外何も無い長閑な風景が懐かしいですね。この辺も今では宅地化が進んで随分と印象が変わっていることでしょう。
撮影:ohnoさん  2321レ  神保原―新町 1980.2.10
ef5852-ef58174
輝く電暖表示灯が印象的です。しかし、この174号機、よく見るとこの2エンド機関士側のつらら切りが上にひん曲がっているような…。
「当時の大宮―東大宮の連絡線は魅力的な車両が行き来していましたが、障害物が多くてすっきり撮影できるポイントは皆無でした…。財源がなくて淋しいような気もしますが、この区間ではかえって単回のほうが良かったかもしれませんね」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん   大宮―東大宮(操) 1982.10.31
 EF58 175〔高崎第二〕
ef5853-EF58175b ようやくラストナンバーの登場です。これにて昭和21年10月に落成した21号機から12年弱に及んだEF58型の製造に終止符が打たれることになりました。(実際の最終落成機は同年8月の173号機ですが)この最終グループは上越線のEF58撤退と運命を共にしたため、製造からわずか24年余りで廃車されてしまいました。車齢30年をゆうに越えるEF65が老いたりと言えどまだまだ現役で活躍しているのを見ると少し可哀想ですね。2両目のナハフ11?や隣のクモニ83?クモユニ74?の姿も懐かしいですね。
撮影:EF5853さん  2325レ 川口 1978.10.1
製造年月日:S33.7.28
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S57.11.9〔高崎第二〕
ef5853-EF58175c 「やっと出て参りました。(の割には大したことがない)ようやく安心して?お見せできる写真です。」(EF5853さん)

※上越型 電暖 ヘッドマーク取付座無し

撮影:EF5853さん  14系6連 9734レ 水上―湯桧曽 1980.2.10
「高崎線から客車列車が無くなると知って、わざわざ上野から高崎まで通しで乗ったのを覚えています。その時も175番でした。その後、無くなる直前に同じく鴻巣駅に撮りに行ったらEF62の列車でした。」(T.Fさん)

撮影:T.FさんくらはやしみのるのB級HP)  2321レ 鴻巣 1982.8
ohno-ef15175b 赤羽を発車するラストナンバー。赤羽駅も今ではすっかり変わってしまい、この頃の面影はありませんね。
「つまらない写真ですが、赤羽駅を上野に向けて出発するところです。いまではここもすっかり変わってしまいましたが、この頃は京浜東北線だけが高架になっていました。この写真は、自分にとっての最後のゴナナ(東北本線普通列車125レ EF577)を見送ったすぐ後に撮影したものです。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん   赤羽 1977.1.29
ohno^ef15175a 長編成の旧客の先頭に立つ姿はゴハチの真骨頂。
「大宮駅進入の高崎線の普通客車列車です。川越線ホームから撮る
このアングルが結構好きでした。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん   大宮 1977.9.25
ef5852-ef58175
望遠レンズによる正面からのアングルで、つらら切りの下向き加減が伺えます。
「上野発直江津行き高崎線の旧型客車鈍行も晩年は12系化されました。しかし、12系化後まもなく高崎ニ区のEF58は全廃されたので、この組み合わせは短期間で終焉を迎えたというように記憶しています。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん   倉賀野―高崎 1982.9.15

EF58 Top Page Back