ELECTRIC LOCOMOTIVE EF58  Vol.21
EF58 161〜172

Last Update 2008.8.4

Index EF58161 EF58162 EF58163 EF58164 EF58165 EF58166
EF58167 EF58168 EF58169 EF58170 EF58171 EF58172

 第12次増備車(138〜145・149〜172号機) その3

昭和33年2月から4月に姫路・宇都宮電化用として登場したグループ。形態的には前グループに引き続いてワイパーの腕折り型への移行(149・150・161号機を除く)と、前面窓、及び側面中央窓のHゴム支持への仕様変更が特徴です。Hゴム支持で落成したのは156・164〜166・169〜172号機。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF58 161〔浜松〕
6348-EF58161 ここから、6348レさん怒濤のシリーズが続きます。(^o^)

現在も有名な米神のS字カーブを行く161号機。残念ながら今は上下線間にロープが張られてしまっています。(;_;)

※ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  早川―根府川 1979.7.10
製造年月日:S33.2.13
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S59.2.7〔浜松〕
Mr.slim-EF58161
原形小窓、直線式の原形KW3Dワイパー姿のすっきりとした161号機。
撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋  浜松 1973〜74頃
kk0630-EF58161  
岐阜で発車を待つ161号機牽引の荷物列車。岐阜駅の雰囲気も良いですが、現在は高架化ですっかりイメージが変わっています。
撮影:kk0630さん  岐阜 1982.12
nijinochichi-ef58161  
今となっては懐かしい光景になってしまった名所、白糸川橋梁を渡る下り荷物列車。昔は取りあえず根府川に行けば何とかなる…と言うのがありました。
撮影:二児の父さん  根府川―早川 1983.8.24
ef5852-ef58161 「団臨仕業に充当された161号機です。同機は、下関集中配置組に抜擢 されることなくこの撮影の2ヶ月後に廃車となりました。正面の飾り帯は、銅像のような色に変色し、正面窓周りの状態も良くないようですが、これがロングラン運用を持つ浜松区のカマらしい姿だったのかもしれません‥‥」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  荷38レ  藤枝―島田 1984.1.16
 EF58 162〔浜松〕
6348-EF58162 Hゴムの前面窓、機関士側WP50、助士側WP35ワイパー、上昇した水切り、ビニロックフィルタ…。この姿は晩年の浜松区ゴハチのまさに典型的な姿と言えます。

※ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  早川 1980(?)
製造年月日:S33.2.17
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S59.2.7〔浜松〕
nijinochichi-ef58162  
こちらも上の161号機と同じ時に撮られた写真です。ゴハチ牽引の荷物列車も晩年になるとパレット車やマニ50が編成の多くを占めるようになってますね。
撮影:二児の父さん  根府川―早川 1983.8.24
ef5852-ef58162 「浜松区の標準的スタイルの162号機です。 銅像のような色の飾り帯に汚れたおでこ‥‥  この汚らしい姿が浜松区らしい味を演出していたのかもしれません。同機は、この撮影の半年後に 下関集中配置組に抜擢されることなく廃車になりました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  荷38レ  島田―藤枝 1983.7.27
fj62g-ef58162a
午後の品川駅構内ではこれから出区するゴハチの姿を良く見かけました。典型的な浜松ガマによるこの光景は、ある面、品川駅における最も日常的な光景でした。

撮影:FJ62Gさん   品川 撮影年月日不明
 EF58 163〔浜松〕
6348-EF58163 浜松区の150番台、160番台のゴハチは、ほとんど目立つことなく黙々と過酷な仕業をこなしていました。

※ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  早川 1979.8
製造年月日:S33.2.21
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S59.5.2〔浜松〕
EF5852-EF58163
「団臨を牽引する浜松区の163号機です。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  藤枝―焼津 1983.11.10
Tc153-501-EF58163 「1983年頃、「頼れる奴!」というフレーズの国鉄荷物の中吊り広告がありました。この広告には163号機のドッアップ(半身)写真が刷られていました。(今でも大切に保管中)このときから「あれナンバーがおかしい?」と思っておりましたが、後にこの記述が何処かの本(車両の視点?)にあり、妙に納得した覚えがあります。「F」に「5」が近寄り過ぎなんですね!」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  国府津 1982年
kitagawa-ef58163
名古屋駅はずれの機留線でEF64 9と顔を並べる。こうして見ると車体に関しては60系電機がゴハチから正常進化していったことが分かります。
撮影:北川さん  名古屋 1981.7.26
c11204-ef58163
小田急5200系甲種?を牽いて小田原に到着した163号機。隣に見える小田急の電機も良い感じです。
撮影:C11204さん  小田原 1979.6.4
 EF58 164〔浜松〕
6348-EF58164 川崎車輌・川崎重工製の後半の3両は最初から前面窓、側窓中央がHゴム支持で登場しました。

※新製Hゴム窓機 ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  国府津 1979.5.27
製造年月日:S33.3.3.19
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S59.9.25(下関)
kk0630-EF58164  
車体に少し付いた雪が何とも言えず良いですね。この時点では既に両側のワイパーがWP50になっています。
撮影:kk0630さん  荷37レ  神戸 1983.3.11
morishige-EF58164  
こちらは浜松機関区の撮影会時の同機です。
撮影:Morishigeさん 浜松機関区 撮影年月日不明
karashima-EF58164 「大阪駅における、荷2031レの機関車交換風景です。 宮原ガマが一旦並んで停車し、浜松ガマが逃げてから追いかけていって構内外れで また並ぶという、何かとんでもない運用?だったと記憶しています。(ファンサー ビス?)
浜松ガマはともかく、宮原ガマまでが44号機なのが不満でしたが、それは贅沢と いうものだと自分に言い聞かせながら撮影した事を覚えています。」(辛子真緑さん)
撮影:辛子真緑さん  荷2031レ  大阪 1983.12.31
ef5852-ef58164
「晩年の164号機ですが、正面Hゴム支持窓の周りにコーキングしたような形跡があります。雨漏り対策だったのでしょうか?」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  藤枝―島田 1983.6.12
 EF58 165〔浜松〕
6348-EF58165 こちらも最初からのHゴム仕様機の165号機。その為か窓周りの改造がされておらず、原形のKW3Dワイパー(腕折り型)を装備しています。もちろん、水切り位置も原形のままなので、他のHゴム窓機とは少し変わった表情です。

※新製Hゴム窓機 ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  早川 1978(?)
製造年月日:S33.4.12
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S60.2.4〔浜松〕
Mr.slim-EF58165 「ここは国鉄浜松工場への引込み線(後ろに見える茶色の電車)もあり、珍しい電車や試運転列車も見られた場所です。特に、日本車両豊川工場よりの新幹線の搬入では飯田線よりEF10が新幹線車両を台車に乗せて浜松まで引いて来ていました。」(Mr.スリムさん)
撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋  下り急行「高千穂・桜島」 浜松―高塚 1974年頃?
J.satomi-EF58165 こちらは北総レール倶楽部の里見さんからお送りいただいたぶどう色2号時代の165号機です。屋根上の避雷器は後期型の原形のLA13です。ちなみにEF58の塗装が新標準色へ切り替えられたのは昭和39年から42年の間でした。
写真所蔵:里見純一さん北総レール倶楽部 大阪 1962.6 
morishige-EF58165
こちらは浜松機関区の撮影会時の同機です。ワイパーのWP50化と共に水切りも変更され表情が変わっています。典型的な晩年の浜松ガマ顔です。
撮影:Morishigeさん 浜松機関区 撮影年月日不明
 EF58 166〔浜松〕
EF58166 前面窓、側窓中央が最初からHゴム支持で登場した166号機。こちらはワイパーのWP50,WP35化はされていますが、やはり水切り位置の変更はされていません。

※新製Hゴム窓機 ヘッドマーク取付座無し
小田原 1981
製造年月日:S33.4.18
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S59.5.2〔浜松〕
EF5852-EF58166
「デビュー間もないナコ座を牽引する浜松区の166号機です。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  藤枝―焼津 1983.9.11
Tc153-501-EF58166
当時の最新鋭、50系客車の新車回送を牽引する166号機。この50系もいよいよ終焉間近のようで、つくづく時の経つのは早いものだと感じます。
撮影:Tc153−501さん  7111レ  国府津 1983?
 EF58 167〔浜松〕
6348-EF58167 この167号機は、落成時の前面窓はHゴムではありませんでした。こうした、中途での仕様変更では、メーカーにより変更時期にずれがあり、ゴハチや15で増備次型ごとに形態をすっきりと区別できない原因となっています。

※ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  早川 1979
製造年月日:S33.2.18
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S59.6.6〔浜松〕
EF58167  
こちらは「いなば・紀伊」を牽く167号機です。ネガが見つからずプリント(しかもサービス版の絹目…^^;)からのスキャンなので悲惨ですが…。
2004レ「いなば・紀伊」  横浜 1978.5.3
Mr.slim-EF58167 原形小窓、腕折り式原形ワイパー時代の167号機。ヘッドマーク取付座が無いためか、とてもすっきりして見えます。周りのEF60やDD13の姿も懐かしいですね。
撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋  浜松機関区 1972年頃
ef5852-ef58167 「翌日の4月1日に運転された浜松区のEF58のさよなら列車の前回送です。この時、晩年の浜松区で活躍していたゴハチの半数は下関区へ転属していますので 浜松区に残されたゴハチの中から この167号機が抜擢されました。もちろん これが同機のラスト仕業となりました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  荷38レ  静岡 1984.3.31
torakichi-ef58167 「ミステリー401」と浜松機関区の「さよならEF58」を兼ねて運転された列車だそうです。上の写真の翌日ですね。
「ヘッドマークステーが無いはずの167号機ですが、なぜか大型ヘッドマーク付きです。」(とら吉さん)
撮影:とら吉さん  沼津 1984.4.1
 EF58 168〔宇都宮(転)〕
TK89-EF58168 TK89さん撮影の荷レを牽く168号機です。同機は登場時はパテ式の前面窓でしたが、その後の改造でワイパーが機関士側WP50、助士側WP35で水切り上昇の黒Hゴムにデフロスタ…という晩年の宇都宮のゴハチの典型的なスタイルとなっています。

※電暖 ヘッドマーク取付座無し
撮影:TK89さん  北浦和―浦和 1980.2.11
製造年月日:S33.3.4
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S60.9.12〔田端〕
Mr.slim-EF58168  
珍しくも大物車の臨時貨物列車の先頭に立つ168号機です。前面窓が原形小窓でワイパーも原形のKW3D腕折り形の時代です。
撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋  臨時貨物 浜松 1974年頃
ef5852-EF5852  
「定期運用の荷物列車仕業最後の冬を迎えた168号機です。 後ろの荷物列車の足回りや屋根の上に雪が付着しています。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  浦和―赤羽 1984.12
H-yamaguchi-ef58168
山手貨物線を行く168号機牽引の団臨。
撮影:山口裕志さん  高田馬場―目白 1981.9.26
 EF58 169〔浜松〕
6348-EF58169 こちらは上の167号機同様東洋電機・汽車会社製ですが、既に前面窓、側窓がHゴム支持で製造されています。この169号機以降は175号機を除き、全機Hゴム仕様となっています。その為か同機の水切り位置は、他のHゴム改造&ワイパー交換の浜松ガマよりも低くなっています。(168号機と比べるとその差はあきらか!)もしかしたら原形位置のままかもしれません。

※新製Hゴム窓機 ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  早川―根府川 1978(?)
製造年月日:S33.3.19
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S60.2.4〔浜松〕
murakichi-EF58169 「6348レさんの写真の比べて、水切りの位置が少し違うような気がします。1エンドと2エンドで少し違うのでしょうか。それとも見る角度のせい?」(Murakichiさん)
確かに表情が違って見えますね。多分、光線の具合だとは思いますが…。
撮影:Murakichiさん  荷2032レ 西宮―芦屋 1982.3.22
Mr.slim-EF58169  
原形ワイパー時代の169号機。腕折り形の取付位置に直線式のものが付いているのが面白いですね。
撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋 上り荷レ 浜松 1974年頃
kk0630-EF58169 HM取付座の無いものは、正面気味の光線状態だと陰が出ず、顔にアクセントが無くなってしまいます。何とも間延びして見えますね…。運用を離脱して廃車を待つ哀れな姿には哀愁が…。
「この頃EF62に代わったはずですよね。廃車直前の58がたくさん留置されていました」(kk0630さん)
撮影:kk0630さん  浜松機関区 1984.3.31
 EF58 170〔宮原→竜華〕
6348-EF58170 こちらも各窓がHゴム仕様で製造された170号機。そのためか更新改造を受けているにも関わらず、165号機同様、窓周りには手が加えられておらず独特の表情です。(Hゴムは白Hになっていますが。)この時点では機関士側のワイパーはWP35、助士側は原形のKW3Dです。

※新製Hゴム窓機 白Hゴム 更新改造 水切り位置原形 ヘッドマーク取付座無し
撮影:6348レさん  104レ「銀河」  早川 1979.8
製造年月日:S33.4.10
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S61.3.31(竜華)
kk0630-EF58170 竜華区に転属後、P型改造、シールドビーム2灯化、さらに誘導握り棒が労研の指導により前端バリ側面との間にスペーサーを入れ取付位置を外側に張り出させてあります。(同タイプに同じく竜華の99号機)また、標識灯掛けも車体の腰の部分に移設されていますが、このタイプは本機だけではないでしょうか?これだけ改造されていながらワイパーは上の写真と同じ状態で水切りも原型と、何かかえって新鮮に見えます。

※更新改造 水切り位置原形 P型 RSB2灯 誘導握り棒取付位置移設 標識灯掛け移設 ヘッドマーク取付座無し
撮影:kk0630さん  紀伊田辺 1985.8.25
ef5853-EF58170 「熊野灘の脇を走る58.ここは新宮行きの方が山の上から俯瞰できるので
もっと良く撮れるのですが・・。実はこのへんまで釣りの方のクルマに乗っけてもらってきました。帰りがしんどかったような・・・。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  121レ 紀伊田原―古座 1980.3.2
ef5860-EF58170  
哀れ、解体される同機です。
撮影:EF58-60さん  鷹取工場? 1986
EF5860-EF58170 上の解体作業開始直前の姿だそうです。このアングルで見ると、おでこのラインが独特ですね。ゴハチの場合、製造メーカーや製造時期によって微妙にこの辺のラインが異なるようで、結構印象が異なってきます。そのため東洋電機製の車体は窓周り部分が広く見えますね。
撮影:EF58-60さん  鷹取工場? 1986
EF5860-EF58170c  
紀勢線で最後の活躍をする170号機。
撮影:EF58-60さん  御坊  撮影日不明
timebokan-EF58170 「170号機にテールライトの内側近くに標識灯かけのようなものが取り付けられる前のものです。旧客から変わってまだ間がなく、12系の横帯もまだ揃っています。」(タイム母艦さん)
撮影:タイム母艦さん  126レ  紀三井寺―黒江  1985.6.9
ohno-ef58170  
宮原時代の170号機と浜松の3号機が重連で川崎を通過。このアングルだと更新改造を受けているにも関わらず、水切り位置が低いのがお分かり頂けるかと思います。また、ワイパーが左右とも腕折り式のKW3Dです。
撮影:ohnoさん  荷35レ  川崎 1977.12.1
hokkyoku-ef58170 移設された標識燈掛けや窓周りなど、同機独特の表情が強調されるアングルです。う〜ん…これもまたゴハチ現役時の姿です。ここまで行くとかえって模型化には良いかも知れません。(^_^;)
この列車についてゴハチ信者さんより解説を頂きました。
「最後尾にマニ50が連結されているので、1985年の秋臨で運転された時の8102レです。170号が牽引したのは11月3日だけでした。」
撮影:北極ぐま閣下さん  8102レ「きのくに54号」  百舌鳥―上野芝間 1985.11.3
 EF58 171〔宮原〕
6348-EF58171 宮原時代の170号機と同様のスタイルの171号機。こちらは機関士側のワイパーも原形の腕折りワイパーです。同機は新製時から前面窓がHゴム支持でした。一見更新改造機に見える標識燈の外蓋改造は単独で施工されています。細かいところで変わっているのはヘッドマーク取付座の下部取付座が前面ステップの取付に伴い撤去されている点でしょうか。(ヘッドマーク取付は不可能)

※新製Hゴム窓機 更新改造 原形ワイパー 水切り位置原形
撮影:6348レさん  104レ「銀河」  早川 1979.8
製造年月日:S33.4.28
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S60.4.16(下関)
Mr.slim-EF58171  
更新改造前の171号機です。同機の新製時のHゴムは黒のはずですが、既に同区の他のカマと同じく白Hゴムとなっています。
撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋 上り荷レ 浜松 1972年頃
EF5852-EF58171
「ミハ座を牽引する宮原区の171号機です。更新改造を受けていますがワイパーは原形のKW3D(腕折形)を保っています。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  藤枝―焼津 1983.9.11
c11204-ef58171
荷35レの先頭に立つ171号機の標識燈の改造前の美しい姿。原形ワイパーの為、水切りは移設されておらず他のHゴム改造機に比べて引き締まった表情です。
撮影:C11204さん  荷35レ  小田原付近 1975.4.29
fj62g-ef58171
京都駅構内にて171号機単機とその脇を駆け抜けるEF65518。EF65F形は同じ特急塗装のP形に比べ旅客列車の先頭に立つ機会が殆ど無く、東海道ではゴハチよりも目立たぬ存在でした。

撮影:FJ62Gさん   京都 1983.7.26
 EF58 172〔宇都宮(転)〕
6348-EF58172  
宮原区時代の172号機。EG化される前の姿ですね。SGのスチームがいい感じです。
撮影:6348レさん  小田原 1977(?)
製造年月日:S33.3.28
製造:日本車輌・富士電機
廃車:S60.5.17〔田端〕
現在、「碓氷峠鉄道文化むら」内に保存
EF58172 色々とネガをひっくり返していたら出てきたので…。(^_^;) まぁ、宇都宮時代の普段の顔と言うことで見て下さい。この頃の同機にはヘッドマーク取付座は付いていませんでした。取り付けられたのは御召し牽引後しばらくしてからのようです。

※新製Hゴム窓機 電暖 白Hゴム 一般型唯一の御召牽引機
鶯谷 1979.5
その172号機による日光線での新1号編成御召列車。EF58で60,61号機以外による御召牽引はこの時のみとなりました。ブルーのお召し機の美しい姿が印象的です。
撮影:EF5853さん  日光―今市 1982.5.21
packman-EF58172 「ミステリー列車のハシリでしょか?ラジオで車内の模様を中継していて、自称鉄道博士の小学生に行き先の予想を聞いた所、「とりやま」と答えてたのが印象的でした。実際も烏山でした。」(パックマンさん)
撮影:パックマンさん  「上野駅100周年記念列車」 宇都宮―雀宮 1983年
1982年に一般機による最初で最後の御召列車を牽引した172号機。解体を免れて長く高崎に留置されていましたが、このたびめでたく横川行きが決まりました。いつまでも綺麗な姿を残して欲しいと思います。
撮影:みっくさん  宇都宮運転所 1986.5 
Mick-EF58172 横川の「碓氷峠鉄道文化むら」にめでたく保存された同機の近影です。正面窓のHゴムが白Hから黒Hへ変更され、印象がちょっと変わっています。1982年の御召し時に準じた仕様になっていますが、誘導握り棒が金色に塗られているのはご愛敬。(^^;)後ろにつながるオハネ12がいい雰囲気です。
撮影:みっくさん  碓氷峠鉄道文化むら 1999.6
packman-ef58172b 「宇都宮駅110周年記念の催しで、宇都宮運転所で撮影会が行われた時の模様です。 同年3月に廃車になり、仕方がないといえばそれまでですが、日の丸を掲げるのならばせめて洗浄くらいはしてほしかった・・・ これではあまりにも172が可哀想ですね。」(パックマンさん)
撮影:パックマンさん  宇都宮運転所 1985.7.28
ohno-ef58172a  
御召し本番の大役を終え、日光線を回送で行く172号機と新1号編成。
「この頃はすでに熱も冷めており、付き合いで撮影に行きました。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  撮影地不明 1982.5.21
ohno-ef58172b
宇都宮運転所に帰区後行われた旗開き。
「宇都宮機関区は昔から鉄道ファンに親切で、快く撮影を許可してくれました。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  宇都宮運転所 1982.5.21
ef5852-ef58172 「綺麗に整備されて日光線内のお召列車牽引の大任を果たした172号機ですが、その後は特別扱いされることなく一般機と同じ運用に従事してきました。写真のように晩年は、かなり汚れが目立ちました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  浦和―赤羽 1984.12
mt40-ef59172a
「大宮機関区煉瓦庫80周年の文化祭で、あちこちから機関車を借りたときの画像です。お召しに使った直後なので、きれいでした。自連と手摺の銀は勝手に塗り直しました。この後はあまり使われずに、高崎に送られたようです。」(MT40さん)
白桜のマークがブルー塗装によく似合ってますね。
撮影:MT40さん  大宮機関区 1982年頃

1986年10月に高崎運転所で開催された「歴代ブルトレ機関車大集合」と題したイベントで展示された172号機。廃車後1年5ヶ月にしては車体の荒れが結構大きいですね。1986年3月に書類上田端に転属になっていますが、実際はどうだったんでしょう。高崎に移ったのはこのイベント時でしょうか?
撮影:FJ62Gさん  高崎運転所 1986.10.12

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