ELECTRIC LOCOMOTIVE EF58  Vol.13
EF58 88〜101

Last Update 2008.8.4

Index EF5888 EF5889 EF5890 EF5891 EF5892 EF5893 EF5894
EF5895 EF5896 EF5897 EF5898 EF5899 EF58100 EF58101

 第6次増備車(88〜101号機)

昭和31年11月の東海道本線全線電化用として登場したグループ。前灯が大型のLP402型に変更されました。パンタグラフのPS15型への変更は過渡期のため全機には及んでいません。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF58 88〔東京〕
EF5888 同区の124号機とともに最後まで可動式雪かき器を装備していた88号機。これは、冬季の関ヶ原付近の積雪、上越地区への貸し出しに備えた物でした。なお、なお、汽笛カバーは外されています。また、つらら切りは上向き気味に付いています。同機は新製時からパンタグラフはPS15でした。

※原形可動式雪かき器 SG排煙口原形(ガーランド形) つらら切り 標識灯掛け移設(上越タイプ) 原形フィルタ PS15パンタ
品川 1981.4.15
製造年月日:S31.7.19
製造:日立製作所
廃車:S59.4.13〔東京〕
EF5888  
12系10連を牽いて根府川橋梁を渡る88号機。こうした、臨時列車の牽引は東京区のゴハチの最も得意としたものでした。
根府川―真鶴 1981.4.19
EF5888 81系お座敷を牽く88号機。同機のSG1A型の排煙口は、SG1形原形のガーランドベンチレータ式の物で、1エンド側に2カ所となっています。同カ所の原型機は非常に少なく、他に96,98,100号機の4両のみとなっていました。
8102レ  大井町 1981.5.31
kk0630-EF5888 こちらは、「踊り子」仕業に付く勇姿です。車体の裾から前端バリ上部へ移設された標識灯掛けが良く分かります。また、同機の誘導踏み段は、改装機同様前端バリに取り付けられていますが、雪かき器を避けて前端バリと踏み段との間にスペーサーを挟んだ独特の形状です。(124号機も同様)

撮影:kk0630さん  東京 1983.4.1
6348-EF5888 6348レさん撮影の雪かき器を外した状態の88号機です。可動式雪かき器の取付座に誘導踏み段が付けられているのに注目です。同機は昭和38年12月〜47年1月に高崎第二区に配属されており、つらら切り、デフロスタの取付、標識灯掛けの前端バリ上部への移設が行われたと思われます。その実績?が買われて、東京区に転属後、同区で雪かき器を装備していた154号機が宇都宮へ転属した後を受けて、雪かき器の装着が行われたのではないでしょうか。雪かき器のない姿はずいぶんと印象が違います。

撮影:6348レさん  横浜 1976春?
to198403-EF5888 「遠征して下りの「なにわ」を待っていたら自分の地元東京のパッパが牽いてきました。当時は宮原の原形小窓機を期待していただけに拍子抜けでしたが、今となっては「なにわ」とパッパの組み合わせも珍しかったかなと思います。このパッパはどうやって東京に帰ったのでしょう・・・(それにしても貨物がカブルかと思いましたヨ)」(To198403さん)
う〜ん…。こんな組み合わせがあったんですね〜。(^^;)

撮影:To198403さん  関が原付近 1983.9.25
Mr.slim-EF5888
上の6348レさんの写真と同じく、雪かき器未装備の88号機です。やはり雪かき器取付座に誘導踏み段が取り付けられています。

撮影:Mr.スリムさんMr.スリムの道楽部屋  浜松 1973〜74頃
kumoyuni143-EF5888
88号機の迫力あるフォルムが強調されるアングルですね。う〜ん、かっこいいです。

撮影:クモユニ143さん  「銀河52号」  富士 1979
Tc153-501-EF5888
客車「踊り子」運転に備えて運転された試運転。
撮影:Tc153−501さん  国府津 198?年
ef5852-ef5888 上のTo198403さんと同じ列車ですね。
「落成間もない「なにわ」を東京区の88号機がエスコート。 この組み合わせは最初で最後だったのではないでしょうか?」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  金谷―菊川 1983.9.25
H-yamaguchi-ef5888 20系転属回送を牽き東海道を西下する88号機。機関車次位に電源車ではなく荷物車が付いているところが面白いです。重厚なイメージの88号機の影響か、後ろに続く20系もなんだか逞しく見えてきます。
撮影:山口裕志さん  田町 1980.10.4
H-yamaguchi-ef5888b
浜松区の台検代走で荷38レの先頭に立つ88号機。
撮影:山口裕志さん  荷38レ 大船 1981.9.28
ef5831-ef5888
ヘッドマークも誇らしげに東海道を快走する88号機。同機が「踊り子」以外のヘッドマークを付けた姿は意外と珍しいのでは?
撮影:EF5831さん  「RJ誌創刊200号記念ミステリートレイン」  焼津付近 1983.9.23
fj62g-ef5888-snowplough
可動式雪かき器のアップです。結構複雑な形をしているのがお分かり頂けるかと思います。雪かき器上面の両端に滑り止めになったステップが確認できます。
撮影:FJ62Gさん    東京 撮影年月日不明
fj62g-ef5888-snowplough2
可動式雪かき器のアップです。結構複雑な形をしているのがお分かり頂けるかと思います。雪かき器上面の両端に滑り止めになったステップが確認できます。
撮影:FJ62Gさん    東京 撮影年月日不明
yusha-ef5888
真夏の深緑の中を行く。つらら切りにスノウプラウの88号機がこういうシーンを行くと、何だか上越の山の中の様な気がしてきます。
撮影:遊写さん    三島―函南 1978.8頃
 EF58 89〔宇都宮(転)〕→JR東日本〔田端(転)〕
19810505-ef5889-2 61号機とともにJR東日本で長らく活躍した89号機の直流標準色時代。同機も新製時からパンタグラフはPS15でした。

※つらら切り 電暖 原形フィルタ PS15パンタ
急行「津軽」  東大宮―蓮田 1981.5.5
製造年月日:S31.8.3
製造:日立製作所
廃車:H11.10.8〔田端〕
現在、JR東日本大宮工場にて青色の直流標準色姿で保存
EF5889  
20系急行「新星」(?)を牽いて上野に到着した89号機。この姿で他のゴハチに混じって活躍する姿は、特に目立った物ではありませんでした。
上野 1979.8.17
ef5853-EF5889
「これがワタシの最後(?)の走る89の姿の写真です。」(EF5853さん) 

撮影:EF5853さん  9546レ 原宿 1981.9.8
packman-EF5889
こちらはその名もパックマンさん撮影の東北本線を行く直流標準色時代のパックです。願わくば、もう一度この勇姿を見たかったですね…。(;_;)

撮影:パックマンさん  宇都宮−雀宮 1982
packman-EF5889-orisaro 掲示板でお世話になっているパックマンさん撮影のパック&オリエントサルーン。これは両者が初顔合わせの時だそうです。
「この場所は宇都宮の人間にとって撮鉄の聖地だったのですが、今では撮影不可になってしまいました。(田んぼがつぶれて住宅地になってしまいました(>_<))」パックマンさん
撮影:パックマンさん  宇都宮―雀宮 1987.6.7
packman-ef5889b
こちらも同じ列車の下りの姿。
撮影:パックマンさん  矢板 1987.6.7
packman-ef5889c
「この日は友人の親父さんが車で追っかけをしてくれました。 私にとって”初めての追っかけ体験”でした。(^^; 」(パックマンさん)
撮影:パックマンさん  矢板―野崎 1987.6.7
ef5853-EF5889b  
「今はなき上野19番線に到着する89。この前のコマはちなみに全て57です・・・。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  8404レ「ばんだい53号・ざおう52号」 上野 1976.8.17
JZA70-EF5889  
こちらはJZA70さん撮影の「はくつる」のヘッドマークを付けた89号機です。これは茶色になる前に145号機と重連で運転されたミステリー列車のようです。
撮影:JZA70さん  「重連ミステリーの旅号」  上野 1984.4.1
nanakubo-EF5889 こちらは七久保さん撮影の89号機です。JR化後も長く茶色塗装で活躍した同機も現役引退後の現在は、この青色塗装に再び戻って大宮工場に保存されています。
撮影:七久保さんNanakubo's Room   上野 1982.6
EF5889+61  
国鉄最後の夏にパックとロクイチの重連で上越線に運転された「EF上越号」。
撮影:みっくさん  渋川―敷島 1986.8
packman-ef5889b  
「宇都宮駅110周年記念列車」を牽き旧客(この頃は雑形客車と呼んでましたね)の先頭に立つ89号機。青い旧客の姿も懐かしい…。
撮影:パックマンさん  雀宮―宇都宮 1985.7.28
packman-EF5889-kourin-a  
同じくパックマンさん撮影の日光線を行く青色時代のパックの工臨風景です。
撮影:パックマンさん  鶴田―宇都宮 撮影年月日不明
packman-EF5889-kourin-b  
多分、上の写真と同日と思われます。
撮影:パックマンさん  宇都宮―雀宮  撮影年月日不明
JZA70-EF5889b JZA70さん撮影の「サロンカーなにわ」を牽いて、名所、白糸川橋梁を行く89号機です。 
「この鉄橋も今ではすっかり変わってしまいましたねぇ。いろいろなアングルで撮れて一日いてもあきなかったものですが」(JZA70さん)
撮影:JZA70さん  根府川―早川  1983.9?
Tc153-501-EF5889 やはり89号機もこちらの姿の方がより「らしく」感じられます。 
「この頃は知名度の高い152・153号機に隠れてしまい、あまり目立たぬ機関車でした。」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  宇都宮運転所  1982年?
ef5852-ef5889 こちらは国鉄時代、茶色に塗色変更され活躍した姿です。
「茶色に塗装されて奇跡の復活を遂げた89号機は、イベント色が強くなり、特別扱いされていたように思えます。そのため茶色になってからの同機は、荷物列車運用に3回しか充当されなかったという話を聞いたことがあります。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  赤羽―田端(操) 1984.12
H-yamaguchi-ef5889
20系団臨を牽き山手貨物線を行く89号機。上のEF5853さんと同じ列車ですね。
撮影:山口裕志さん  9546レ 高田馬場―目白 1981.9.8
packman-ef5889c
89号機+ナコ展。この当時、私は鉄を離れていたので良く分からないのですがこの組み合わせは良くあったのでしょうか?
撮影:パックマンさん   宇都宮―雀宮 1984,5年頃
c51-ef5889
ずらりと並んだ10系寝台が壮観ですが、臨時でしょうか?この当時は東北本線にはEF56やEF57も健在で、EF58はどちらかと言うと脇役的存在だったようです。
撮影:椎野吾一さん椎野吾一の鉄道博物館  蕨付近 1973.3.28
fj62g-ef5889b 田端機関区で開催された撮影会でEF80と顔を並べるパック。国鉄民営化を控えてこの年の夏は本当に各所で撮影会が行われた様ですね。パックの「エキスポライナー」マークが時代を反映してますね。それにしてもEF80に「みずほ」マークはちょっと…ねぇ。
撮影:FJ62Gさん  田端機関区 1986.8.25

国鉄最後の日。89号機は「ふれあいみちのく」を使用した「旅立ちJR北海道号」の上野〜黒磯を担当。

撮影:ロクイチさん  「旅立ちJR北海道号」  上野 1987.3.31
 
川口を通過する「旅立ちJR北海道号」。私はその日の夜、テレビの特番で「旅立ちJR号」の出発を見送りましたが、当日の各地の狂騒ぶりはこの写真の右後ろ線路内に入って写真を撮ってるファンの姿からも想像できましょう…。(@_@)
撮影:ロクイチさん  「旅立ちJR北海道号」  川口 1987.3.31

シナ座牽引に登場の89号機。冬期の81系お座敷牽引はEGを持つパックの真骨頂。
「DD51842で入線し、89が単機で入線したシーンです。」(shinobuさん)

撮影:shinobuさん   上野 1984.12頃

1986年8月に上越線・高崎〜石打間に運転された「EF上越号」でロクイチとの重連先頭に立つ89号機。土樽手前の魚野川橋梁を行く。
「「EF上越号」が高崎〜石打で運転されたのは1986年8月25日から29日までの5日間でした。牽引機は3通りあり、25日がEF641000番代の重連。26、27、29日が石打←EF5861+EF5889→高崎 の重連28日が高崎〜水上:EF551、水上〜石打:EF551+EF641001(往路、復路共EF551が先頭)でした。」(ゴハチ信者さん)
撮影:たなよしさん   上り「EF上越号」  越後中里―土樽 1986.8.26、27、29

中野電車区の公開でEF6436、EF651026と共に展示された89号機。この頃の展示ってやたらとヘッドマークを付けるのが流行っていたのか、パックに「みずほ」はまだ良いとして、64に「ゆうづる」は無いだろぉ…と個人的には思ってしまいますが。あり得ない組み合わせが良いというのもあるんでしょうね。
撮影:FJ62Gさん  中野電車区 1988.4.2

茶パックに「はくつる」マークが渋いです。隣は…う〜ん…。
撮影:FJ62Gさん  中野電車区 1988.4.2

「はくつる」を彷彿させる「イベント86 田端運転所」と書かれたヘッドマークを付け、大宮に進入する89号機と12系。国鉄末期に色々と行われた夏休みのファン向けイベントの一つでしょうか。(この当時、鉄をやってなかったので分かりません。)
撮影:FJ62Gさん  上り「イベント86」  大宮 1986.8.24

今度は何となく「彗星」や「あかつき」を彷彿させる「ゆめ TAIKEN」と書かれたヘッドマークを付けて登場です。上の列車の翌日ですが、おそらく同じようなスジで二日連続運転されたものでしょうか…?このあたりお詳しい方のフォローをお願いします。
撮影:FJ62Gさん  上り「ゆめ TAIKEN」  大宮 1986.8.25

一見、ブルトレを牽引しているみたいですね。なかなか綺麗なヘッドマークです。
撮影:FJ62Gさん  上り「ゆめ TAIKEN」  大宮 1986.8.25

品川駅に停車中の89号機と「ふれあいみちのく」。ヘッドマークに「ありがとうを笑顔にのせて、1周年 JR東日本」の文字があり、JR発足1周年を記念した企画の一つの様です。 同じヘッドマークを付けた61号機牽引の企画もいくつかあったようです。(61号機のページ参照)
撮影:FJ62Gさん  上り「ゆめ TAIKEN」  品川 1988.3.29

50系客車3両の転属回送?の先頭に立つ。
今も昔とそれほど変わっていないように思う品川駅構内ですが、こうして見ると幾分空が広く開放的に感じます。
撮影:FJ62Gさん  品川 1986.11.11
EF5889 現在の姿 こちらはJR化後の姿。両毛線で「レトロトレイン」を牽引。ゴハチはサイドビューも実に魅力的です。JR化後も同じ東日本所属のロクイチと共にイベント列車の牽引に活躍しましたが現在は廃車となり再び直流標準色(青色)に戻り、JR東日本大宮工場内に静態保存中です。
大平下―岩舟 1996.4.29
 EF58 90〔高崎第二〕
19801231-ef5890 上越型ゴハチの標準的な形態の90号機が牽く、寝台急行「天の川」。急行用電源車カヤ21の登場で、P型で無くても20系の牽引が可能になりました。同機も新製時からパンタグラフはPS15でした。

※電暖 上越型 PS15パンタ
803レ「天の川」  大宮 1980.12.31
製造年月日:S31.9.1
製造:日立製作所
廃車:S58.6.18〔高崎第二〕
EF5890
20系急行「天の川」を牽いて上野に到着した90号機。つらら切りには雪が良く似合います。
802レ「天の川」  上野 1981.1
nanakubo-EF5890
こちらは七久保さん撮影の鶯谷を行く同機です。
撮影:七久保さんNanakubo's Room   鶯谷 1982.6
TF-EF5890 T.Fさんの叔父さんが撮影したという、昭和40年代前半の90号機です。原形の前面窓、大型の原形雪かき器に茶色塗装は当然として、いくつか興味深い所があります。まず、標識灯掛けがこの時点で前端バリ上に増設されていますが、車体裾の原形箇所の物もそのまま残っています。また、前面ステップの両端部はまだ、欠き取りが行われていません。ところで、誘導握り棒が根本から曲がってますが、事故にでもあったんでしょうか…。
写真所蔵:T.FさんくらはやしみのるのB級HP)  上野 1966頃
EF5852-EF5890
「荷物列車を牽引する上越形の90号機ですが、つらら切りが上向きとなっています。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  赤羽―田端(操) 1982.11.14
ef5831-ef5890
東北本線の荷物列車の先頭に立つ90号機。高崎のカマは宇都宮のカマと混じって東北スジの荷物列車の牽引も担当していました。
撮影:EF5831さん    蓮田―東大宮 1981.5
 EF58 91〔宮原〕→〔浜松〕
EF5891 「銀河51号」を牽いて横浜に入線する91号機。前面窓のHゴム化、ワイパー交換が行われる前です。同機は製造時はPS14Aパンタグラフを装備しており、後にPS15に換装されています。それにしても、国鉄時代は今と違い臨時でも10連とか12連とか編成が長かったですね。

※PS15パンタ
横浜 1977.3.26
製造年月日:S31.5.8
製造:東京芝浦電気
廃車:S59.11.26〔下関(転)〕
kk0630-EF5891
こちらはkk0630さん撮影の前面窓周りの改造後の姿です。懐かしいアングルです。
撮影:kk0630さん  根府川付近 1984.3.24
morishige-EF5891
国鉄時代晩年の1984.8.1〜1984.8.31に浜松機関区にて開催された撮影会に登場した91号機。既に区名札も外されているので運用離脱後の姿と思われます。
撮影:Morishigeさん  浜松機関区 1984.8
Tc153-501-EF5891 「いつの間にか消えてしまった「恵比寿のゴハチ」の現役時代。91=ブルトレ色、93=青大将色、ともに現役時代に経験がない塗装でしたね。」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  荷33レ  平塚付近 1983年
nijinochichi-ef5891
荷物列車の先頭に立ち豊橋駅に佇むこんな光景も日常的なものでしたね。
撮影:二児の父さん  豊橋 撮影日不明
ohno-ef5891
同じく宮原区時代の同機が3号機を従えて荷35レの先頭に立つ。
撮影:ohnoさん  荷35レ  大船 1978.5.16
H-yamaguchi-ef5891
スロ編成(62又は81)を牽き新子安を通過。これらの団臨での活躍が、その後のジョイフルトレイン登場の先駆けとなったと言えるでしょう。
撮影:山口裕志さん   新子安 1981.9.9
EF5860-EF5891 「恵比寿ビアトレイン」としてブルトレ色に変更され第2の人生(車生)を送る91号機。ガーデンプレイスのオープンで後ろの旧客と共に姿を消してしまいましたね。私も鉄をしてない時期に一度友人と行きましたが、旧客を利用した店内はなかなか良い雰囲気でした。今にして思えばきちんと表敬訪問しておけば良かった…。
撮影:EF58-60さん  恵比寿ビアトレイン 撮影日不明
 EF58 92〔宮原〕
6348-EF5892
こちらも宮原の原形小窓機。同機も製造時はPS14A装備車です。

※原形小窓 原形ワイパー PS15パンタ
撮影:6348レさん  102レ「銀河」  早川 1979
製造年月日:S31.5.10
製造:東京芝浦電気
廃車:S56.6.1〔宮原〕
ohno-ef5892
東海道の名物列車、荷35レ先頭に立つ92号機。荷35レがゴハチ重連となったのは50.3改正から53.10改正までの3年半あまりでした。
撮影:ohnoさん  荷35レ  東神奈川―横浜 1977.8.2
ef5831-ef5892-2
20系「銀河」を牽引し、朝の大阪駅に到着。帰省シーズンの増結か通常より1両多い13両編成でとても長く見えますね。
撮影:EF5831さん  103レ「銀河」  大阪 1978.8.6
ef5831-ef5892b
荷35レで重連の先頭に立つ92号機。後ろにチラッと見えるDD13一次形もこの頃の品川の主的存在で、昼間にブルトレの入れ換えで良く駅構内に姿を見せていました。
撮影:EF5831さん  荷35レ  品川 1978.8.8
shizuhata-ef5892
ピカピカのブルトレ塗装も眩しい92号機牽引「さくら」。機関車次位のカニ22のパンタも勿論上がっています。
撮影:しずはたさん    東京 撮影年月日不明
 EF58 93〔浜松〕→〔東京〕
suda-EF5893 「現役時代の93で、パテ窓&原型ワイパーです。ここからバトンタッチして上り列車の先頭に付こうというところですが、連結後の写真がなくなっていたため、荷レだったのか団臨だったのかわかりません。」(すだっちさん)
ワイパーは製造時はKW3Dの直線式のはずですが、この写真の時点では腕折れ型に交換され、取付位置も変更されています。備品の都合で交換されたのでしょうか。

※PS14Aパンタ
撮影:すだっちさん  浜松 1979
製造年月日:S31.7.9
製造:東京芝浦電気
廃車:S60.7.26〔新鶴見〕
現在、JR東日本大宮工場にて保存
to198403-EF5893 こちらはTo198403さん撮影の浜松区時代末期の93号機です。既に正面窓がHゴム改造され、ワイパーもWP50とWP35に交換されています。上のすだっちさんの写真と比べると、大分表情が違いますね。
「荷33レを牽く浜松時代末期の93です。この時点では、まだ普通の浜松の一員だったのですが。この後、まさか東京に来ることになるとは・・・、ましてや青大将になって1999年現在も存在することになるとは。」(To198403さん)
撮影:To198403さん  荷33レ 保土ヶ谷―東戸塚 1983.12
to198403-EF5893b 同じくTo198403さん撮影の東京区時代の93号機です。
「93にとっては「紀伊・出雲」以来の特急牽引でしょうか?元浜松の下関組、廃車組の分まで頑張っていた(?)東京時代です。」(To198403さん)
撮影:To198403さん  保土ヶ谷―東戸塚 1984.3
nijinochichi-ef5893
二児の父さん撮影の浜松区時代の同機です。
撮影:二児の父さん  鶴見 撮影日不明
ef5852-ef5893 「当時は原則的に日中ヘットライトを点灯させて走ることはありませんでした。しかし、トンネルの続く区間だとヘットライト点灯の走行シーンを撮影できる可能性がありました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  荷33レ 根府川―真鶴 1984,1

14系座席車の団臨を牽き大阪に到着した93号機。「東」の区名札も懐かしい…。車体もお世辞にも綺麗とは言い難く、最晩年の姿でしょうか。
撮影:北極ぐま閣下さん   大阪 1985年頃
fj62g-ef5893  
青色の標準色で大宮工場に保存されていた当時の姿。何かこの姿の方が格好良く見えたりして…。(^^;)
撮影:FJ62Gさん  大宮工場 1985.8.17
みっくさん EF5893 車籍抹消後、大宮工場で保存された93号機は往年の青大将塗装に塗り替えられ、1985年9月と86年3月の二回(で正しいかな?)、大宮工場内で体験運転会に使用されました。現役時代の最終配置区は新鶴見区(事実上は東京区)でした。ちなみに、同機は現役当時に青大将にはなっていません。また、ヘッドマークで隠れている飾り帯の合わせ部分の黄色1号の帯の塗り分けが、オリジナルとは異なっています。
撮影:みっくさん  大宮工場 1986.3

「会場に入ったときは目を疑いました。Hゴム+青大将は1年も経たない内に小窓に戻されたと思います。」(FJ62Gさん)
後方の125号機も今はなく…。
撮影:FJ62Gさん  大宮工場 1986.3.30

「前に見たときと何か違う…」と思ったら原型窓に。水切りの位置も上だし、ワイパーも原型ではないので違和感がありますね…。」(FJ62Gさん)

この時も体験運転会が行われたんでしょうか?なんかそれっぽい雰囲気です。
撮影:FJ62Gさん  大宮工場 1986.8.23
EF5893 同じく大宮工場保存中の93号機の最近の姿。エアフィルタがよろい窓に、前面窓がパテ式へ復元されましたが、水切りは交換されたままとなっていてオリジナルとは違った表情。上のすだっちさん、みっくさんの写真と比べると違いが良く分かります。パンタは上がっているものの架線が無いのが寂しい…。(;_;)
大宮工場 1994.10.10
 EF58 94〔浜松〕
EF5894 正面窓のHゴム化、及びワイパーの交換がされる前のすっきりとした姿。1980年当時、浜松区のゴハチはそのほとんどが正面窓のHゴム化がされていたので、同区の原形小窓機は貴重でした。同機は新製時からパンタグラフはPS15。

※PS15パンタ
荷33レ  根府川―真鶴 1980.2.10
製造年月日:S31.5.12
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S59.9.11〔下関(転)〕
6348-EF5894 同じく94号機が小田急7000系の甲種回送を牽引する印象的な姿です。「甲種回送にも活躍していた姿を若い人にも見てもらいたい」と6348レさんが送って下さいました。既に正面窓のHゴム化、ワイパーの交換が行われています。
撮影:6348レさん  早川 1980.12.9
kk0630-EF5894
下関区に転属し、最後の活躍をする94号機。
撮影:kk0630さん  荷39レ  大阪 1984.3.18
tc153-501-EF5894
こうして荷物列車の先頭に立つ姿は晩年のEF58のごくふつうの姿でした。
撮影:Tc153−501さん  荷33レ 平塚付近 1983
 EF58 95〔宮原〕
EF5895 「明星52号」を牽いて大阪に到着した95号機。「明星」は関西ブルトレで最後までゴハチが牽引した列車でしたが、この頃はヘッドマークが無いのが残念でした。同機は新製時のパンタグラフはPS14Aを装備していましたが、後にPS15に換装されています。

※原形小窓 原形ワイパー PS15パンタ
「明星52号」  大阪 1979.8.16
製造年月日:S31.7.16
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S56.8.19〔宮原〕

「銀河」を牽き東上する95号機。ゴハチにはやはり20系客車がよく似合います。
104レ「銀河」  大井町―大森 1980.9.23
H-yamaguchi-ef5895
同じく20系「銀河」の先頭に立つ95号機。上の写真と同日です。
撮影:山口裕志さん  104レ「銀河」  大船 1980.9.23
 EF58 96〔宮原→米原〕
EF5896 エアーフィルタ以外は原形箇所を多く残していた機関車で、SG1Aの排煙口も原形のガーランド式でした。パンタは新製時はPS14Aを装備していました。ちなみにこの日は61号機牽引の懐かしのオールドトレイン「つばめ」の上りが運転された日です。普段とは違うあまりの鉄ちゃんの多さに乗務員が驚いて顔を出してました。肝心の「つばめ」の写真はどこいった??ちなみにこの写真の時点では同機は宮原区所属です。
荷36レ  真鶴―湯河原 1981.7.26
製造年月日:S31.5.9
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S60.7.2〔下関(転)〕
kk0630-EF5896 昭和57年に宮原から米原へ転属、他の米原区のゴハチに合わせてP型改造が行われています。同機はさらにEF62への置き換え目前に下関区に転じ、最後まで原形小窓・原形ワイパーの美しい姿で活躍しました。屋根上の原形のSG排煙口が良く分かります。

※原形小窓 原形ワイパー SG排煙口原形(ガーランド形) PS15パンタ


撮影:kk0630さん  大阪 1984.3.21
kumoyuni143-EF5896
米原機関区撮影会で往年のブルトレ牽引姿を披露。「あかつき」のヘッドマークが良く似合いますね。
撮影:クモユニ143さん  米原機関区  1984.8.3〜8.5
Tc153-501-EF5896
SGの蒸気を屋根にまとわせながら、国府津を通過する96号機。背後にちらっと見える大目玉113系も東京口ではすっかり懐かしくなってしまいました。
撮影:Tc153−501さん  荷36レ  国府津  1983年?
teru-EF5896
生え抜きのエリート機関区、米原区のゴハチ最後の優等列車運用となった急行「きたぐに」を牽く96号機。
撮影:てるさんOutdoor.site  502レ「きたぐに」  吹田―東淀川  1983.3.26
ef5852-ef5896 「晩年の下関集中配置時代の96号機牽引の上り荷物列車です。鷹取工場整備の元米原機関区配置のカマは、きれいでよく整備されているという印象が強かったのですが、晩年の同機の飾り帯側面には錆びが浮いており車体の汚れも目立っています。この撮影の数日後には、荷物列車仕業をEF62に譲り廃車になりました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  荷38レ  柏原―関ヶ原  1984.3.22
fj62g-ef5874  
米原機関区撮影会で顔を並べた96号機(左)と74号機。「つばめ」と「かもめ」のヘッドマークを付けた姿。
撮影:FJ62Gさん  米原機関区 1985.4.28又は29
fj62g-ef5896  
同じく撮影会で顔を並べた96号機(左)と74号機。やはりこの姿には「つるぎ」「彗星」のヘッドマークが似合います。
撮影:FJ62Gさん  米原機関区 1985.4.28又は29
ef5836-ef5896 それぞれに個性のある米原区のゴハチ揃い踏み。36号機「つばめ」、96号機「かもめ」のヘッドマークに74号機のお召し装備と、この姿ではあり得なかった光景ですが、撮影会ならではと言ったところでしょうか。
撮影:EF5836さん  米原機関区 1984年?
 EF58 97〔宮原〕
EF5897 宮原区の小窓機としては標準的な形態の97号機。製造時のパンタはPS14Aでこの写真では降りてて分かりませんがPS15に換装済みでした。ワイパーは原形のKW3D。同機はこの後10月に広島区に転属しています。

※原形小窓 原形ワイパー PS15パンタ
米原機関区 1980.8
製造年月日:S31.7.10
製造:三菱電機・新三菱重工
廃車:S56.2.5〔広島〕
ef5897b 同機の2エンド側。同じ原形小窓機でも、この頃の宮原区のゴハチは米原区のカマと比べると明らかに薄汚れた印象です。もっともそれだけ過酷な運用に付いていた…と言えるかもしれません。
米原機関区 1980.8
c51-EF5897  
リンクでお世話になっています椎野吾一さん撮影の同機です。銀河の回送を牽いて神田方から引き上げてきたところですね。隣のEF65500も懐かしい…。
撮影:椎野吾一さん椎野吾一の鉄道博物館  東京 1978.6.20
 EF58 98〔宮原〕
6348-ef5898 こちらも宮原の原形小窓機ですが、標識灯が更新改造機と同じく外蓋交換式に改造されてるのが独特です。また、同機のSGの排煙口は原形のガーランド式です。同機は最初からPS15パンタを装備しています。

※原形小窓 原形ワイパー SG排煙口原形(ガーランド形) 外蓋交換式標識灯 PS15パンタ
撮影:6348レさん  早川 1979
製造年月日:S31.5.9
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S60.1.8〔宮原〕
karashima-EF5898 「この列車は今はなき特急『つるぎ』の回送で、大ムコ持ちの24系25型を宮操に回送する為の列車です。この列車の存在を知ったのは、通勤帰りの環状線から見たときで、初めて見たときはロングシートに子供座りしそうなぐらいびっくりしました。(爆)
この日の牽引機は、朝『回5006レ』で宮操から大ムコまで行き、ずっと昼寝して夜にこの列車を牽引するという、全く持って楽な仕業に就けるものでした。しかし今考えれば、敦賀(富山二区?)のEF81に牽引させれば事足りるので、大鉄局のファンサービスだったとしか考えられません。そういう意味では、大鉄局さん有り難う列車だったわけですね。(笑)」(辛子真緑さん)
撮影:辛子真緑さん  回5005レ  大阪 1983.12.31
ef5852-EF5898 「熱海駅を通過する宮原区配置の98号機牽引の荷物列車です。標識灯が外ふた開閉式に改造されていますが正面窓とワイパーは原型を留めており異彩を放っていました。この列車の続行で 東京区のゴハチ牽引の踊り子55号が来るので、こちらのほうが本命の被写体だったりします‥‥」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  荷2033レ  熱海 1983.1015
H-yamaguchi-ef5898
名所、清水谷戸トンネルを駆け抜ける。旅客線側と異なり、貨物線側のこの辺りは今でもほとんど変わってませんね。
撮影:山口裕志さん  荷2033レ  横浜羽沢―東戸塚 1981.5.2
ef5831-ef5898 「おそらく宮原区から丹波ビーチ号か何かの回送の12系を牽いて出区してきたものです。全検直後なのか全体にピカピカしていました。オレンジフィルターを掛けていたので黒っぽく見えます。」(EF5831さん)
ゴハチ信者さんによると本機の全検出場は53-7鷹取工だそうです。
撮影:EF5831さん  大阪 1978.8.6
fj62g-ef5898
98号機を先頭に146,48,128,101,56,171とズラリと連なった廃車予定機…。
「この時、住所等を書いた詰め所で子供相手に「欲しければ一両やるよ!」と、言われて困ったのを覚えています。「じゃあ、お言葉に甘えて一両…」とか言ったらどうしたんでしょうかねぇ…?」(FJ62Gさん)
う〜ん…意外と今頃ご自宅に1両居たりして…。(^^;)
撮影:FJ62Gさん  吹田信号所 1984.8.21
 EF58 99〔宮原→竜華〕
EF5899 この後、竜華区で最後まで活躍した99号機の宮原区時代。白Hゴムに外蓋式の標識灯が関西っぽい?同機はさらにその後、竜華区でシールドビーム2灯化されました。新製時のパンタはPS14A。

※更新改造 白Hゴム PS15パンタ
8009レ「彗星51号」  大阪 1979.8.15
製造年月日:S31.7.23
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S61.1.7(竜華)
6348-EF5899
こちらは6348レさん撮影の荷35レの先頭に立つ勇姿。
撮影:6348レさん  荷35レ  国府津 197?
kk0630-EF5899 竜華で最後の活躍をする99号機。前灯がシールドビーム2灯になっています。車体も見るからに疲れ果てた様子で少し哀れです。124レのカマ交代のために待機している所だと思われます。(OISHIさん、ご指摘ありがとうございます。)
撮影:kk0630さん  紀伊田辺 1985.3.11
timebokan-EF5899 「ものすごいトップライトですが、かえって99号機の雰囲気が伝わると思うのですが・・・。この99号、当時竜華イチの嫌われ者だったのですが、この改造されまくった姿は今見ると、とても味がありますね。」(タイム母艦さん)
撮影:タイム母艦さん  臨時きのくに  紀伊田原―古座 1985.8.14
EF5860-EF5899 「吹田信号所撮影会にて。当日はC61 2も来ていました。架線のない操車場での撮影会でした。吹田機関区だったらパンタをあげても様になっていたのになぁ、と。いろんなヘッドマークを付けての撮影会でした。ヘッドマーク横のステップに回送用の反射板取り付け台座が溶接されていました。このあとしばらく宮原機関区の車庫にありましたが、様子を見に自転車で行ったところすでに解体されておりバラバラの部品が固まりでありました。」(EF58-60さん)
この写真について草津に住む大阪人さんから次のような解説を頂きました。
「竜華区から鷹取工場への廃車回送の途中に展示されたものです。」
撮影:EF58-60さん  吹田信号場  1986.1.11or12
EF5860-EF5899b  
99号機の運転席。
撮影:EF58-60さん  吹田信号場  1986年頃
ohno-ef5899 「EF5899は何の変哲もないため、竜華に移ってからは嫌われ者だったきらいがありますが、自分にとっては宮原時代なかなか会えない機関車でした。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  荷35レ  保土ヶ谷―戸塚 1977.7.29
H-yamaguchi-ef5899  
紀勢線のかつての名物列車「はやたま」の先頭に立つ。
撮影:山口裕志さん  天王寺  1981.3.28
hokkyoku-ef5899  
「一般には非難ばかりの改造車ですが、58の最後を阪和沿線で見てきた者としては、これはこれでキャラクターとして認めており、また愛着もありました。もちろん原型の方が好きですけど(笑) 私が阪和・紀勢に通って一番当たったのも99号で最後に見たのも99号でした、そして最後にばらばらに解体された残骸も・・・ 」(北極ぐま閣下さん)
撮影:北極ぐま閣下さん  「きのくに54号」  堺市 1985年
hokkyoku-ef5899b  
「竜華の58といえばサビだらけ!他の線区の58と違い、海沿いのため酷いこと酷いこと、この日は豪雨のあとで特に酷かったです。 」(北極ぐま閣下さん)
錆というか埃というか…。汚れるのが早いのであんまり洗車もしなくなっちゃうんでしょうかね〜。
撮影:北極ぐま閣下さん  「きのくに54号」  和歌山 1985.6.23
hokkyoku-ef5899c 「宮原機関区で解体中の99号機・・・こうやって名も無い58たちは最後を遂げていったのですね・・・・ちなみにこれは友人が撮影したもの。翌週訪ねると既に鉄屑の山でした。 」(北極ぐま閣下さん)
99号機は新製配置こそ浜松ですがその年の11月には宮原に転属、竜華に移るまで生涯のほとんどを宮原で過ごしています。それだけに古巣の宮原で解体された事は同機にとっても幸いだったかも知れません。
所蔵:北極ぐま閣下さん  宮原機関区 1986年?
 EF58 100〔宮原〕

宮原区の原型小窓機の標準的な形態の100号機。青色のゴハチは20系寝台車と実によくマッチしてました。パンタは新製時よりPS15。なお、同機は屋根上のモニタの小窓がHゴム支持に先駆けて仕様変更されました。

※原形小窓 原形ワイパー PS15パンタ
104レ「銀河」  大森―大井町 1980.9.21
製造年月日:S31.8.29
製造:川崎車輌・川崎重工
廃車:S60.2.4〔下関(転)〕

「銀河」の回送を牽引する100号機。キリの良いナンバーで、形態も原形小窓に原形ワイパーと美しく、結構人気がありました。また、SG1A形の排煙口がSG1形のガーランド式のままとなっていました。機関車次位に付いているのはマニ30です。
回104レ  新橋 1980.3.18
toshi-EF58100 こちらは映画「駅」を記念して(でしたっけ?)走った20系「駅」号を牽引する姿です。名所神足―山崎をヘッドマークを付けて走る姿は、かつての「日本海」を彷彿させます。そう言えば、神足の駅名も現在は長岡京に変わってしまいました…。
撮影:としさん  9242レ「駅」号  神足―山崎 1980.10.31
Tc153-501-EF58100
この写真ではSG排煙口は大形のものに変更されています。
「荷2033レの平塚駅通過が14:15頃、冬場はこんなに日が傾いてしまいます。おかげでお顔にたっぷりと影が入ってしまいました。」(Tc153−501さん)
撮影:Tc153−501さん  荷2033レ 平塚 1982年?
ef5852-ef58100 名所、山崎のカーブを行く「つるぎ」回送。
「「つるぎ」の宮原(操)から向日町(操)までの回送です。ブルトレ運用が消滅していたEF58に、回送ながらブルトレ仕業が復活したということで当時注目の列車でした。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  回5006レ  高槻―山崎 1983.8

関西式信号機を脇目に東海道4線区間を行く単機。美しいゴハチのフォルムが引き立ちます。
撮影:EF5831さん    山崎―高槻? 1981年春
fj62g-ef58100a
小郡駅構内に留置される100号機。それに続く機関車群(EF60・EF61)ももの凄い…。全機休車なんでしょうが、パッと見、100号機を先頭に13重連??国鉄末期はこんな光景が各地で見られたんでしょうか…。
撮影:FJ62Gさん  小郡 1984.8.20
fj62g-ef58100b 同じく小郡駅構内に留置される100号機。
「100号機は荷37レ牽引途中、故障を起こし途中の小郡で解放された後、EF66901が急遽任務に当たった記憶があります。この時のねらいは、勿論100号機もありましたが、関東では馴染みのないEF61でもありました。写真としては撮りにくく、「見ただけ」でしたが…。」(FJ62Gさん)
撮影:FJ62Gさん  小郡 1984.8.20
fj62g-ef58100c
同じく小郡駅構内に留置される100号機。オデコのカーブが東芝製同様丸くなっているのが分かります。
撮影:FJ62Gさん  小郡 1984.8.20
「宮原末期のEF58 100が牽く荷2033レです。場所はワンパターン東戸塚付近^^;、83/12だと思います。キリ番100号機はこのあと84/2に下関集中組に加わったものの、3月末を迎える前に、故障で早々に運用を離脱してしまいましたね。」(To198403さん)
撮影:To198403さん  保土ヶ谷―東戸塚 1983.12
 EF58 101〔宮原〕
6348-EF58101 こちらも新製時よりPS15パンタを装備していた原形小窓の101号機。モニタ窓はパテ式です。

※原形小窓 原形ワイパー SG排煙口原形(ガーランド形) PS15パンタ
撮影:6348レさん  104レ「銀河」  早川 1979
製造年月日:S31.7.6
製造:東洋電機・汽車会社
廃車:S59.12.15〔下関(転)〕
ef5853-EF58101 こちらはEF5853さん撮影のかつての名物列車、荷35レの先頭に立つ101号機です。次位は浜松の161号機だそうです。
「やっとあの荷35レが出てきました。荷2935レ(EF15牽引)の客車を増結するので重連で機回りがありました。この後、奥に米原のEF65(配置数の割合上、圧倒的に500Fでした。ちなみにこの日は518。)が入ってきます。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  荷35レ 品川 1978.5.27
To198403-EF58101 こちらは掲示板でもお馴染みのTo198403さんの雪中を行く姿です。流れるスチームがいい味です。
「EF58101は(皆様思い出させていただいた)2033レです。雪中ヘッドライト点灯なのに残念ブタ鼻シールドビーム。でも原型小窓機だから良しとするかと勝手に納得していました。(48や171では目もあてられない…)撮影地点まできて若干SGのスチームの勢いが弱くなってしまいまったことも残念でした。」(To198403さん)
撮影:To198403さん  荷2033レ  東戸塚付近 1984.1
H-yamaguchi-ef58101a
夕陽を浴びて、一路西下する1燈時代の101号機。
撮影:山口裕志さん  荷2033レ  大船付近 1981.7.25
H-yamaguchi-ef58101b
こちらも原形ライト時代の同機1エンド側。屋根上のパンタグラフ手前のガーランドベンチレータは原形のSG排煙口です。(拡大写真
撮影:山口裕志さん  単2033レ  品川 1981.8.21
ef5852-ef58101
「シルドビーム2灯化は竜華区のみの改造と思われていたので宮原区で改造車が登場した時は驚きました。この101号機の他に138号機、143号機の3両に施工されました。」(EF5852さん)
撮影:EF5852さん  荷2033レ  根府川 1984.1.8
inayuki-ef58101
マニ50やパレット車で組成された荷物列車を牽く101号機。1984年頃の姿でしょうか。
撮影:急行伊奈ゆきさん  西小坂井―豊橋 撮影日不明
triton-ef58101
本機は昭和35年にブルートレイン牽引機として特急塗装に身を包んでいました。この写真ではその時の名残のKE59ジャンパ連結器が前端バリ右側に見られます。
撮影:トリトンさん  大阪 1970年頃

入れ換え灯が点いている様に見えるので、正に今、列車に連結した瞬間でしょうか。既に前灯がブタ鼻になっているので、1982年以降の撮影でしょうね。それにしてもSGのスチームが良い感じ…。
撮影:kazu460さん  下関 撮影日不明

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