ELECTRIC LOCOMOTIVE EF15  Vol.4
EF15 9〜11, 34〜36, 40〜42

Last Update 2006.10.7

Index EF15 9 EF1510 EF1511 EF1534 EF1535 EF1536 EF1540 EF1541 EF1542

 第2次形(9〜11、34〜36、40〜42号機)

ドッジラインによる製造中断が解かれて昭和26年4月〜6月に登場したグループ。このグループから主電動機のMT42化と共に外観上の大きな仕様変更が行われました。具体的には以下の通りです。
  • 車体断面形状が変更され、車体高さが3530mmに
  • 側面機器室窓の増設(7枚)
  • 前面窓上につらら切り取り付け
  • 屋根上にモニタールーフ取り付け
  • パンタグラフのPS14への変更
  • 正面扉窓の固定化、正面通風口の取り付け(9号機は後に撤去)
  • 屋根上の雨樋取り付け(除く9〜11号機)
しかし、まだまだ1次形の影を大きく残しており、車体正面の昇降段は三菱製の35・36号機はその後の標準の5段タイプですが、その他は1次形と同じ4段、砂箱の数は全機1次形同様に動軸1個に対して一つ、屋根上の主抵抗器室のカバーも両エンド側とも同じ大きさ、機関助士側の側窓は1次形と同じく1枚タイプです。デッキ形状も1次形の各メーカータイプとなっており、まだまだ統一された仕様にはなっていません。落成時は全機プレート式先輪、引っ掛け式標識燈でした。標識灯は昭和31年〜42年に掛けて11号機を除き全機埋込式へ改造されています。

この中でも、日立製の9〜11号機は1次形と2次形の中間的な形態で、よく見ると第3・第5側窓の位置が1次形と同じになっており、おそらく側窓5枚の1次形後期の鋼体(車体断面が低くエアフィルタが小さいタイプ)に窓を後から足して製造されたと思われます。車体断面形状も1次形の低いものと同じ車体高さ3460mmのようです。(正面から見ると平べったくなってます。)さらに正面扉は1次形と同じく補強帯があるタイプです。1次形で欠番となっているナンバーやこれらの点からこの3両は、おそらくドッジラインによる製造中断前にメーカーで見込み生産されていた仕掛け品だったと想像されます。

その落成時の形態は前面通風口は1エンド機関士側7段、助士側8段、2エンド機関士側7段で、運転席側窓の雨樋も1次形同様窓下まで達していないタイプだったと思われます。通風口は福米EF16にも1エンド機関士側7段、2エンド機関士側7段、助士側8段のタイプがありましたが、9〜11号機とはエンドと通風口の関係が反対になっています。モニタールーフ小窓も標準の5枚ではなく6枚です。なお、これら3両には屋根上の雨樋が付いていませんが、同じく落成当時に雨樋が未取付だった1次形はその後の装備改造で取り付けが行われており、最終的にEF15(EF16)内での雨樋未取付機はこの3両だけと思われます。

三菱製の34〜36は戦後の財閥解体で登場した中日本重工の製造銘板を持つことで有名でした。通風口も前面左右の標準的な位置に設けられましたが、3段のガラリ形で後の標準的な6段ヒダの物とは形態が異なっています。側面は機関助士側の側窓が1次形と同タイプとなっている他は既に標準タイプとなっており、正面扉の形状などから新設計の車体となっているようです。側面の可動式窓(第1・第2・第6・第7機械室窓)が窓枠の目立たない後の標準形と同タイプとなっていますが、同じ三菱製の3次形では再び窓枠の目立つタイプになっています。また、本ロットのみ第3動軸の砂箱のみサイズの小さい物になっています。(川崎製とも異なるタイプ)

川崎製の40〜42も前面左右の標準的な位置にガラリ形通風口が設けられましたが、三菱製とは異なり4段となっています。正面ナンバープレートの取付位置も上寄りです。砂箱は川崎独自の小さいタイプです。この3両は埋め込み式に改造された標識燈の位置が標準よりも上寄りに取り付けられているのも特徴です。(42号機が特に顕著)

前燈の取付台座は9,34,40,41,42号機が2枚板の飛び出したタイプ、10,11,35号機がLP42用、36号機のみステー式となっています。

※印…主な特徴です。画像をクリックすると大きなものが表示されます。

 EF15 9〔東京〕
ef5853-EF159 側窓は7枚になったものの、中央3枚の配置が1次形と同じ9号機。
前面の通風口は未取り付けですが、屋根上にモニタールーフが付けられました(多分小窓が6枚)。デッキ形状は日立製1次形と同じで、前面昇降段も1次形と同じ4段です。また、正面扉は周囲に補強帯がある1次形と同じ形状になっており、1次形と同様開閉式の窓で登場したと思われます。

プレスアイゼンバーン刊「電気機関車Vol.2」に掲載の引っ掛け式標識燈時代の同機の2エンド側写真にははっきりと機関士側に7段ひだの通風口があり、標識燈埋込に際し通風口も埋められたのではないかと思われます。つらら切りは大形です。また、車体断面は1次形同様、標準形より70mm低いものと思われます。
撮影:EF5853さん  370レ 松戸 1979.3.9
製造年月日:S26.4.24
製造:日立製作所
廃車:S54.4.21    
hiramatsu-EF159  
特徴ある側窓配置が良く分かるカット。この頃の東京区にはこの9号機をはじめ10号機、11号機など個性的なEF15が多数配置されていました。
撮影:S.HiramatsuさんPassenger Cars Room  新三郷 1978.12
takechanman-EF159 この9〜11号機独特の側窓配置はその誕生経緯からもEF58で言えば35・36号機の様な物と言えましょう。屋根上の常磐線列車無線アンテナが良く分かります。なお、日立製2次〜3次形では正面ナンバープレートがかなり中央寄りに取り付けられています。
撮影:タケチャンマンさん  田端機関区 1976.8
ohno-ef159 東京区の名物列車、荷2935レを牽く9号機。
 
※車体断面低 側窓変形 モニタールーフ小窓6枚(?) 日立製1次形デッキ 砂箱少 つらら切り大形 正面昇降段4段 前面通風口無し 常磐線列車無線 雨樋未取付 正面ナンバープレート左より 前燈小 その他色々(^^;)
撮影:ohnoさん  荷2935  神田 1976.4.29
 EF15 10〔東京〕
namiki-EF1510 こちらも9号機同様側窓の中央3枚の位置が1次形と同じ10号機。しかしながら9号機とは異なり前面に通風口が設けられています。写真の2エンド側は機関士側に7段、1エンド側は左8段、右7段で取付高さも標準よりかなり低い位置となっているのが特徴です。そのため、埋め込み式の標識灯も車体裾ぎりぎりに付けられています。
また、通風口の横には落成時に付けられた標識灯掛けが残っています。モニタールーフ小窓は6枚(標準は5枚)、デッキ形状は日立製1次形と同じ、前面昇降段も1次形と同じ4段です。9号機同様、前面の貫通扉も縁取りのある1次形と同じ形状になっています。つらら切りは大形で裾が窓の真ん中まで来ています。
撮影:並木美太郎さんMitarow's Rail)  品川 1976.2.11
製造年月日:S26.5.22
製造:日立製作所
廃車:S54.4.12    
hiramatsu-EF1510 S.Hiramatsuさん撮影の10号機1エンド側です。左右でヒダ数が異なる通風口、車体端の標識灯掛け、下寄りの標識灯、独特の側窓配置も良く分かります。同機も正面ナンバープレートが中央寄りに取り付けられています。
 
※車体断面低 側窓変形 モニタールーフ小窓6枚 日立製1次形デッキ 砂箱少 前燈取付位置原形 前燈小 避雷器中央取付 正面昇降段4段 常磐線列車無線 つらら切り大形 雨樋未取付 正面ナンバープレート左より その他色々(^^;)
撮影:S.HiramatsuさんPassenger Cars Room  新三郷 1978.12
ef5853-EF1510 EF5853さん撮影の同機の屋根上です。常磐線列車無線の取り付け位置やその配線、雨樋未取付の屋根上が良く分かります。

同機の前照灯のLP402は原形のLP42(100Wまたは150W)の取り付け台座をそのまま流用して取り付けられています。そのため前照灯の前端が一般の物とは異なり車端部とツライチになっています。(結果的に前灯の後端がパンタ寄りにずれている)その影響からか避雷器は前灯後ろではなくモニタ寄りに取り付けられています。

「荷2935レ牽引後、機回り中のものを上から撮ったものです。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  品川 1977.3.14
aomori-780630-ef1510
東京駅に停車中のブラウントレイン。独特の側窓配置がお分かり頂けるでしょうか?
それにしてもこの当時でも真っ昼間の東京駅にこんな列車が突如現れたときのインパクトは相当なものだったでしょう。

撮影:青森恒憲さん  荷2935レ  東京 1978.6.30
takechanman-ef1510-2 「御存じの荷物列車を引いて出発を待つ姿です。埋込み式標識灯に改造されたEF15
の中で、旧標識灯掛けが残った珍しい機関車でした。9枚窓化の最初の3輛は、引っ
掛け式標識灯の残った11号機・旧標識灯掛けが残った10号機・旧標識灯掛けを排除した9号機、という具合に最後までそれぞれの個性を残してくれてました。合わせてEF16未改造の一次型;EF1529・30が加わっており、1970年代の東京機関区のEF15の運用にはいつもワクワクさせられました。」(タケチャンマンさん)
撮影:タケチャンマンさん  隅田川 1978年頃
takechanman-ef1510-3 タケチャンマンさん撮影の10号機の写真の拡大です。こちらは2エンド。
並木さんやEF5853さん撮影の写真と比べるとワイパーが機関士側WP50、助士側WP35に交換されており、つらら切りに逃げが設けられている事が分かります。
撮影:タケチャンマンさん  隅田川 1978年頃
 EF15 11〔東京〕
廃車時まで引っかけ式標識灯を有していた唯一のEF15として有名な11号機。
登場時引っ掛け式標識灯だった1次形・2次形EF15(EF16)も本機を除いて全て埋め込み式へ改造されています。(標識灯掛けのみ残っていた物は10号機と33号機=EF1627)


1171レ  府中本町 1979.8
製造年月日:S26.6.26
製造:日立製作所
廃車:S55.2.2    
7908-ef1511-3 上の写真の部分拡大。前面通風口は、この2エンド側は機関士側に7段、1エンド側は左8段、右7段で取付高さも標準よりかなり低い位置(通常の埋め込み式標識灯取付高さぐらい)になっています。そのため、標識灯の埋め込み化ができなかったのではないかと思われます。前面の昇降段は1次形と同様の4段タイプ、デッキの形状も日立製1次形に見られる物と同じになっていました。
1171レ  府中本町 1979.8

同機の1エンド側。同機はちなみに前面窓も原形です。
 
※車体断面低 側窓変形 引っかけ式標識灯 モニタールーフ小窓6枚 砂箱少 前燈取付位置原形 前燈小 避雷器中央取付 前面窓原形 日立製1次形デッキ つらら切り大形 正面昇降段4段 常磐線列車無線 正面ナンバープレート左より その他色々(^^;)
1171レ  府中本町 1979.8
7906-ef1511-2 1エンド側。同機も10号機と同様に、側窓中央3枚の間隔が広く、側窓5枚の1次形と同じ間隔となっています。さらに、モニタルーフ小窓が通常より1枚多く、幅の狭いものが6枚となっています。
9,10号機同様、前面の貫通扉が縁取りのある1次形と同じ形状で、また、同機のつらら切りも10号機と同様の大形です。屋根上の抵抗器室カバーは1次形と同じく左右同じ大きさとなっています。なお、10号機と同様、避雷器の取付位置はモニタ寄りです。
渋谷―恵比寿 1979.6
ef5853-EF1511 こちらはEF5853さん撮影の2エンド側。同じEF15でも標識灯が引っかけ式だと、まるで別形式のようです。ワイパーは左右ともWP50でグリップエンドがつらら切りに当たる部分はEF5836などと同様に凹ませてあります。

本機は1次形の一部と同じく低い車体断面と思われますが、標識灯の位置と相まって正面から見ると随分平べったく見えます。前灯も9,10号機同様原形のLP42の取り付け台座が使われています。また、同機も上の9,10号機同様、正面ナンバープレートが中央寄りに取り付けられています。

撮影:EF5853さん  765レ  松戸 1979.3.9
790915-ef1511
一番上の写真と似たような構図で恐縮ですが、こちらの方が後に撮ったものです。パンタグラフを良く見るとスリ板がなぜか鉄製になっています。広島から転属したカマのスリ板と交換でもしたんでしょうか…。
1171レ  府中本町 1979.9.15
aomori-780704-ef1511
当時の東京区EF15の名物運用、荷2935レの先頭に立つ11号機。こちらは1エンド側です。

撮影:青森恒憲さん  荷2935レ  御徒町 1978.7.4
aomori-ef1511a2
同じく1エンド側。ワイパーのグリップエンドを避けたつらら切りの形状や常磐線列車無線の取付位置などが分かるカットです。

撮影:青森恒憲さん    三河島〜隅田川(貨)  1978
takechanman-ef1511a 「先日、実に久しぶりに武蔵野線に乗った際に、三郷の操車場が広大な空き地になっているのを見て、時代の流れを感じました。この写真を撮った頃は、山の手線から移行した貨物ルートで武蔵野線は大賑いで、EF15も頻繁に往来していました。まさに、”夏草や、兵どもが夢のあと・・・・・”といった心境でした。」(タケチャンマンさん)
撮影:タケチャンマンさん  三郷操車場 1978年頃
takechanman-ef1511b 「上の写真を三郷で撮ったあと、このEF1511の運用を調べて、翌日(だったかな?)新松戸で待ち構えて撮った写真です。何も無い草原の中に立ち並んだ高層マンションが、妙に不釣り合いでした。」(タケチャンマンさん)
撮影:タケチャンマンさん  南流山―馬橋 1978年頃
mt40-ef1511-75
大宮機関区構内で長岡区の75号機と顔を合わせる。標準的なスタイルの75号機と11号機の一次形譲りの デッキ形状や昇降段の取付位置、正面扉など両者の違いが良く分かります。 こちら側は2エンドで前面通風口が機関士側に7段の物が付いています。
撮影:MT40さん   大宮機関区 1977〜1978
mt40-ef1511b
こちらは同機の1エンド側。助士側8段、機関士側7段の通風口がはっきり確認できます。10号機の通風口もまったく同様ですが、1エンド、2エンドで取付数が異なり、更に機関士側と助士側で段数が異なる理由が何なのか気になるところです。

ちなみに、一次形の福米EF16に改造された物に、両エンドで通風口の数が異なる物(1,2,6,20,21,EF16 11)がありましたが、そちらは6号機を除き1エンドが機関士側のみ、2エンドが左右取付となっています。
撮影:MT40さん   大宮機関区 1977〜1978
 EF15 34〔東京〕
ef5853-EF1534 戦後の占領軍による財閥解体によって、それまでの新三菱重工が分割されて中日本重工となり、その期間に製造された三菱製の34〜39号機にはも中日本重工の製造銘板が付いていました。

日立製の9〜11と異なり側窓や車体は完全に新しい物になっているようですが、細部は正面昇降段が四段で1次形と同じタイプとなっており、デッキも三菱製の1次形と同じタイプです。前面には通風口が付けられましたが3段ヒダの独特の物です。同機の前面扉は既に3次形以降のすっきりとした物になっています。

撮影:EF5853さん  荷2935レ 東京 1978.7.17
製造年月日:S26.6.8
製造:三菱電機・中日本重工
廃車:S54.1.12
inage-EF1534 こちらも同じく荷2935レを牽く同機です。
「かの有名な荷レ牽引中を東京にて撮影したものです。この列車、今から考えると、もっと撮影しておくべきだったと後悔することしきりです。」(N.Inageさん)
 
※砂箱少 中日本重工製 正面昇降段4段 三菱製1次形デッキ 通風口3段 前燈取付位置原形 前燈小 常磐線列車無線
撮影:N.Inageさん  荷2935レ 東京 1978.8
 EF15 35〔東京〕
790609-ef1535 こちらも東京区に配置されていた35号機。日立製の9〜11と異なり側窓は標準的な7枚になっていますが、前面の通風口は3段ヒダで、4段の物とも異なっていました。デッキの形状も三菱製1次形と同様のタイプとなっていますが、モニタールーフ小窓は標準の5枚となり、正面の昇降段は標準タイプになっています。同機も中日本重工製の銘板を付けていたことで有名でした。つらら切りは標準的な大きさですが側面がL字形の形状です。
 
※砂箱少 中日本重工製 三菱製1次形デッキ 通風口3段 前燈取付位置原形 前燈小 常磐線列車無線
渋谷―恵比寿 1979.6.9
製造年月日:S26.6.15
製造:三菱電機・中日本重工
廃車:S54.7.16
ef5853-EF1535 こちらは隅田川から品川への荷2935レを牽引する姿です。この列車はこの後品川でゴハチ重連で有名だった荷35レへ継承されるものでした。
「これがEF15の荷レの最後の写真になりました。4回撮って1回はもろかぶり」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  荷2935レ 神田 1978.9.15
ef5853-EF1535 こちらも同じく荷2935レを牽く35号機です。
「カラーで撮った唯一の「ブラウン・トレイン」。34号機もこの位置に止まってくれていたら・・・といつも思います。隣の165系(”ごてんば”か?)も今は昔・・・。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  荷2935レ 東京 1977.11.26
Hiramatsu-EF1535 デッキの梯子部分と台枠を結ぶステーに特徴ある1次形デッキが何とも言えません。標準形と比べるとやはり無骨さはこちらが上かと…。前面の通風口の形状と言い、この頃の東京区のEF15には色んなタイプが居て、実に興味深かったですね。
撮影:S.HiramatsuさんPassenger Cars Room  新三郷 1978.12
ef5853-EF1535c
EF5853さん撮影の同機の屋根上です。以外と車輌の屋根上が分かる写真って少ないですよね。
「一般公開日に行ったときのものです。」(EF5853さん)
撮影:EF5853さん  新鶴見機関区 1978.11.4
ohno-ef1535a
品鶴線、多摩川鉄橋を渡る35号機。後ろは新車を満載したク5000。こんな貨物列車も懐かしいですね。
撮影:ohnoさん  品川―新鶴見 1976.7.21
ohno-ef1535b 隅田川からの荷物列車を牽き品川に入線する35号機。同機のつらら切りも40号機ほどではありませんがちょっぴり「怒った」表情です。
「(この荷2935レは)また35号機かと思った覚えがあります。しかしよく考えると何号機だろうが、EF15には代わりなくきっちり撮っておけば、といまさらながら考えてしまいます。元はEF10・13・15と言う機関車が好きだったのですが、いつのまにか番号マニアになってしまい、元の純粋?な心が失われてしまった気がします。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  荷2935レ  品川 1977.10.23
aomori-ef1535 茶色のマニを連ねて隅田川貨物駅を発車する35号機。隣の初期形DD13(31号機)の姿も懐かしいです。かつては全国の駅のあちこちで見ることができました。余談ですがこの35号機のナンバープレー3と5の間が少し開いていますが、このロットの他の三菱機も皆同じ傾向です。

撮影:青森恒憲さん  荷2935レ  隅田川 撮影年月日不明
 EF15 36〔東京〕
nishino-EF1536
EF1536を先頭に東北本線を行くEF10・EF81の三重連。回送とは言えこんな豪華な重連もあったんですね。
 
※砂箱少 中日本重工製 三菱製1次形デッキ 通風口3段 前燈取付位置原形 前燈小 常磐線列車無線
撮影:Y.NishinoさんY.Nishinoのホームページ)  王子
製造年月日:S26.6.28
製造:三菱電機・中日本重工
廃車:S54.5.7
ohno-ef1536a 東京区のEF15牽引で有名だった荷2935レを牽く36号機。
「確か隅田川は無線付きの機関車しか入線できなかったため、この列車も特定の機関車に限定されていたような気がします。しかしながら、時にはEF10や新鶴見区のEF15が入っていたので、単なるうわさだったのかもしれません。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  荷2935レ  鶯谷 1977.6.4
 EF15 40〔東京〕
ohno-ef1540a 全EF15(EF16を含めて)の中で廃車第1号となった40号機。同機のつらら切りはちょっと怒った表情の独特のものです。本機のデッキは川崎製の1字形と同じ物です。埋め込み式に改造された標識燈の位置は標準的な位置よりも高くなっています。また、ワイパー(おそらくWP35)の取付位置が窓の下面となっています。

「荷2935は結構撮ったのですが、40号機が入ったのを見たのはこの日だけでした。」(ohnoさん)
撮影:ohnoさん  荷2935レ  御徒町 1977.10.3
製造年月日:S26.5.28
製造:川崎車輌
廃車:S53.8.25
ohno-ef1540b それにしてもこのような列車が上野、東京を通って毎日走っていたんですから何とも言えません。この荷2935レは50.3改正から53.10改正までの3年半に渡り運転されました。
 
※砂箱少 川崎製1次形デッキ 通風口4段 つらら切り変形 前面窓原形 ワイパー取付位置下面 正面ナンバープレート上寄り 標識燈上寄り
撮影:ohnoさん  荷2935レ  浜松町 1977.10.3
 EF15 41〔甲府〕
suzuki-EF1541 身延線を行く41号機。腕木式信号との組み合わせもローカルムード満点です。通風口は4段のガラリ式です。本機のデッキも川崎製の1次形と同タイプですが前面扉は35号機同様、3次形以降のすっきりとした物になっています。
 
※砂箱少 川崎製1次形デッキ 通風口4段 正面ナンバープレート上寄り 標識燈上寄り
撮影:鈴木正敏さんRail Photo Gallery 途中下車)  下部 1978.3.29
製造年月日:S26.6.25
製造:川崎車輌
廃車:S54.7.16  
takechanman-EF1541  
同じく身延線の同機です。前照灯取り付け台座は帯板2枚のタイプです。40号機同様、埋め込み式に改造された標識燈の位置は標準的な位置よりも高くなっています。
撮影:タケチャンマンさん  身延 1979年頃
 EF15 42〔新鶴見〕
Nishino-EF1542 西野さん撮影の42号機。ぼこぼこの外板が渋いです。初期のEF15は戦後の資材不足の影響か、外板の痛みが激しく思えます。(落成時からべこべこのものもあったようです。)通風口は4段のガラリ式。つらら切りは小形の標準的なタイプになっています。このロットまで当初標識燈は引っかけ式でしたが、11号機を除き埋込式に改造されています。本機の標識燈も40,41号機同様に標準的な位置よりも上になっていますが、本機の物が最も上寄りかつ若干外寄りに取り付けられており、独特の表情です。
 
※砂箱少 川崎製1次形デッキ 通風口4段 正面ナンバープレート上寄り 標識燈上寄り
撮影:Y.NishinoさんY.Nishinoのホームページ)  原宿―渋谷 1975.7
製造年月日:S26.6.29
製造:川崎車輌
廃車:S54.11.13
ohno-ef1542 入れ換えに勤しむ42号機。屋根上が良く分かります。
「この頃はEF10/12/13及びEF15 1次型ねらいでしたので、EF15一般型が来るとちょっぴり残念でした。かなり遠くから前端バリでEF15と判別できてしまうため、シャッターを押すかよく迷いました。何でもきちんと撮っておくべきですね。25年後に後悔しない為に・・・・・」(ohnoさん)
確かに…。私も当時はフィルム代、現像代が惜しかったのでEF15も三桁台だったりすると見送ったりしてました。今にして思えば何と勿体ないことを…。(;_;)
撮影:ohnoさん   鶴見 1976.5.24

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